外食での注文は、今日のオススメは何ですかと聞くことが多い。好きなものを聞かれれば、旬なものと答えている。季節的な意味だけでなく、自信を持ってその日提供される最高のパフォーマンスを享受できればと願う。
ともに過ごす時間の長短に関わらず、気持ちが出会う機会は限られている。旬なひと時の記録、見過ごされがちなかけがえのない存在との時間。
インゲヤード・ローマン、スウェーデン出身のガラス製品デザイナーであり、かつ自身も陶工として制作を行っている。日本の有田焼やガラスメーカーとの協働もある彼女の個展が、昨年の十二月九日まで東京国立近代美術館の工芸館で開かれていた。
小学校を改装した彼女の住まいを手がけたクラーソン・コイヴィスト・ルネ(以下CKR)が展示会場をデザイン。抑制されたミニマムなヴォリュームに必要不可欠な抑揚を付加するCKR、彼らの作品の中で特に気に入っていた住宅が実はローマンのアトリエだったと、展覧会場で流されていたドキュメンタリー映像で初めて知った。
彼女の制作スタイルは、デザインとクラフトの間に位置している。量産されることを前提としているが、細部にわたり使い勝手を突き詰めた繊細なフォルムは全く工業化に向いていない。
けれども作り手の立場に寄り添った対話を繰り返すことで、この工場でならどんな形が可能かを瞬時に理解し、そこから形のデザインが生まれる。
センチメンタルが好きではない彼女は自身をデザイナーでなくForm-giver「形を与えるもの」と呼ぶ。
CKRが設計した工房で制作を行っているローマンの姿を映した一枚の白黒写真がある。高さ4〜5mのワンルーム空間、長手方向いっぱいに渡されたコンクリート製のカウンターに腰掛けロクロを回している彼女の前に、部屋の半分以上を占める何もないスペースが残されている。視線を上げた先には、天井まで続く巨大なFIXガラス。外には原野の地平線と垂直に聳り立つ数本の樹木。カメラとの間には、柳宗理デザインのエレファントスツール。研ぎ澄まされたストイックな空気が流れているわけでなく、そこにあるのは寛容さの気配。
ローマンのワイングラスとウォーターグラスを愛用している。日本の木村硝子がハンガリーの工場で製作したものだ。一見全く特別なところはない。透明なガラスでできたグラスそのもの。手にしてみると見た目の材の薄さと比較して実感する強度の高さは、洗う際の安心感につながっている。そして水を注ぐ、光が拡散する。水面のわずかな揺れに気持ちが同調させられる。確かに水という存在がここにあって、同じ物理現象に左右される世界を共有していることの手応えが生まれる。透過した波の屈折の加減で生まれる虹の円環、ふたたび。