雑記

河の流れてくる方と流れていく方と

大阪の阪急電鉄十三駅から少し艶っぽい商店街を5分も歩けば第七藝術劇場(通称:ナナゲイ)に行き当たる。座席数は100にも満たないミニシアターだ。前身となる映画館は1946年設立、ナナゲイとしては1993年に開館、是枝裕和氏の初監督作「幻の光」を1995年にここで観た。鑑賞後のお決まりは、商店街にあるネギ焼きの山本だった。

その後ナナゲイは経営悪化により1999年と2005年の二度休館を余儀なくされたが、現在はファンや地元商店街による市民出資型映画館として存続している。自身は十三に本社のある建設会社に勤めていた2002年頃に、会社帰りに足繁く通った思い出深い場所だ。

 

ある作品を観たくて上映している映画館を探すのではなくて、時間ができたからあの映画館に行って「映画」を観よう、作家や作品や役者が前に出るのでなくて、あの街の映画館で「映画」でもというときの感覚は、例えばお気に入りの海岸に行って「海」を眺めよう、という感覚に近い。

たまたまそこに現れたのが「映画」という形をとってはいるが、そこに生き生きと脈打つ鼓動は「となりのトトロ」でも「君の名は」であっても変わらない。おそらく柳宗悦が「民藝」という言葉で伝えようとしたのもこのことなのかもしれない。作家性に対してアノニマス(匿名性)をただ対置するのではなくて、その場に息づく流れに耳をすますこと、なぜそれが貴重なのかというと流動してその場に留まってはいない貴方を求めて止まないのが自分というものだからか。

生物学者の福岡伸一氏と映画監督の是枝裕和氏の対談で、意外なことに映画館のスクリーン数は、1993年の1734から2017年の3525と四半世紀で倍増しているという話があった。ショッピングモールに併設され複数のスクリーンが集約されたシネコンが増加する一方、ナナゲイのような館長のこだわりのセレクトによる個性的なプログラムを続ける映画館は少なくなっているようだ。確かに買い物のついでに立ち寄れて好みにあった映画をいくつもの選択肢の中からセレクトできる便利さや、最新設備による立体的な音響効果は魅力的だけれど。

建築は動かないものであることを理解した上で、ではその先にある可能性はどういうものなのかということを考えている、そんな意味合いの話を建築家の妹島和世氏がかれこれ20年以上前に書いていた。建築は動かないけれど、光や影、人や物、熱や水蒸気は風とともに活発に行き交っているという物理現象のことではなかった気がする。物体が動かないということで自由となる精神の軌跡は、懐かしさや柔らかさや温かさ、時には孤独や焦燥や苛立ち、かつて身体が記憶していた世界に向かい合ったときの心持ちを再現できるだろうか、といったことではなかったか。

是枝監督が2008年に撮ったドキュメンタリー映画「大丈夫であるように〜Cocco終わらない旅〜」を観た。沖縄出身の歌手Coccoが名古屋、青森、沖縄、広島、神戸、東京とを巡るコンサートツアーに同行した撮影だ。青森では六ケ所村を、広島では原爆ドームを、神戸では震災の慰霊碑、そして沖縄では辺野古をと、並べてみると巡礼者かと見紛うが、彼女はシンプルに集まった人の声に耳を傾けて、あふれてくる歌を響かせて、想いをその場所に届けている。その時あぶり出されるのが、日本が抱えている構造的な問題点に向かう政治性ではなくて、自分自身の家族や隣人たちとの間に生じている気持ちの変化だ。そしてカメラは河の流れてくる方と流れていく方を橋の上から眺めている。