雑記

ある雪の日の滑走と自由と

さあ年の始まりは平成建設デザイン部によるオリジナルカレンダーが店内インテリアの一部となる辻堂駅前カレーと家具の店、シーハウスさん。そして紅い紙ナフキンが鮮明な印象を残すこの一枚はお正月休みに訪れた横浜関内駅から徒歩圏吉田町にある日本一古いギリシャ料理のお店スパルタさん。後者は港町ならではの異文化を気軽に堪能できる貴重なお店、お味の方も躊躇することなく飛び出す太鼓判。隣の席では会社帰りの新年会の御一行様、あゝこんな素敵なお店で交わすワインの香りに酔わずに居られるものでしょうか。目の前にあるのはレチーナと呼ばれる松脂が加えられた独特な風味を持つ白ワイン、その中でも最高級と呼ばれるクルタキスのレチーナ・オブ・アッティカ。これがシナモンやハーブを効かせた肉料理や豊富な野菜に彩られた魚介類と絶妙なマッチングを見せてくれます。行かない手はないですよね、地中海の潮風はすぐそこに。

さてギリシャといえばいよいよ間近に迫りつつあるオリンピック(夏と冬の違いはあるが・・)。1998年長野オリンピックでお馴染みのスピードスケートリンク、Mウェーブに行って参りました。そうです、平昌オリンピックの代表選考会。そうです、小平奈緒選手の世界最高峰の滑りを間近で見れるまたとない機会。昨季から国内外で二十四戦負けなし、ソルトレークでのワールドカップ1000mでは女子初の個別種目世界新を記録。その圧倒的な強さの秘密はどこにあるのか?興味津々ですよね〜。そうでもない?デザインと関係あるの?


爆弾低気圧とともに朝を迎え外を眺めると、ホテルの駐車場で懸命に雪かきをするスタッフの姿。前日夜のチェックイン時にお勧めされた和朝食の期待を裏切らないパフォーマンスに気分良く宿を後にし、雪道をものとしない重量級バスが運んでくれた会場では、屋根があるものの吹き込む雪に身をすくめる地元長野や各地から集まったスケートファンが競技開始2時間前にはすでに行列をなしている、少しでも眺めの良い席からの観戦を心待ちにしながら。

 

勝手知ったる風の先人に、どのあたりからの眺めがお勧めですかねと尋ねる上田市から訪れたカップルや、遅れてくる連れ合いに先に入って席は確保しておくから慌てずに来てねと伝える携帯電話で話す声を耳にしながら、東京国立近代美術館で個展が始まったばかりの熊谷守一の日経新聞連載をまとめた文庫を読みつつ開館を待ちわびた。

整理番号順ではあるが基本自由席であるミニシアター系の映画館も、どの席からが一番効果的に感動を享受し得るかを想定しながらなるべく良い席を早く選ばなきゃと心焦る時のように、六千を超える席の中からどの席を選ぶのかはスピードスケートそのものが初めての観戦であることもあって決定因子を絞り込み難い。

 

スタート地点の緊迫した一瞬の起爆を間近に見るのか、ゴールラインの振り絞る力の臨界点を見極めるのか、コーナーリングで見せる外へ外へと膨れだす円周力を身体の弾みとして折り畳む卓越した技術に唸りを上げるのか。長手と短手とどちらの軸に向かうのがより選手のダイナミックな動きの変化を捕まえることが可能なのか。

最前席でコースに近づけば近づくほど目線は低くなるため、至近の迫力はあるものの百八十度旋回して対面コースを走る像は逆に捕捉しづらくなってしまう。かえって中間帯であれば少し高めから見下ろすことが有利に働くことに気づかされる。興行を目的の一部とした野球やサッカーなどの人気スポーツと比べるなら派手さのない地味な印象は否めないが、目の付け所をどこに置くかを自ら工夫することで見開かれる発見は新鮮な世界だ。

 

結局は最終走者の順番を迎えるまでここでもないあそこでもないと迷いつつ、一番見応えを感じ取れる場所として選んだのは、案外テレビ中継で見慣れた目線に近い位置だったりして、それも座席からでなく通路上の立ち見席。

同じ場所、同じ時間を過ごしていても、それぞれ観衆ごとに感じ取るシーンは別物だ。テレビと違って生の観戦の魅力は強要する見方がないことの自由さ。人の集合が共同の幻想に収斂されることなく、多面体として研磨することでより輝きを増す原石としての滑走がリンク上にあった。