オーストラリア原産の独特な枝ぶりに、鮮やかさを控えめに配列したタイムハニーマータルが平成建設藤沢ショールームの庭先を彩っています。湿気が一段と増して来ました、皆さまいかがお過ごしでしょうか。平成建設藤沢支店設計課の長野です。
静岡県沼津に本社がある平成建設ですが首都圏でつくった賃貸マンションは100棟を超えています。お引渡し間近にはその案件の担当者以外の設計や監督があちこちの支店から集まり念入りに仕上がり具合の検査を行います。先日、JR中央線国立駅前に完成したのがこの物件。
雑多な印象の駅前の風景を進んでいくとその先に、案内がなくとも佇まいであれがそうだなと一目で気づかせる端正な横顔。派手さを装わずとも、はやり廃りに流されない風格を感じさせます。街の色に馴染ませながらも、箱に穿たれた陰影のコントラストによるリズムを間違えなければそれで充分なのだという設計者の控えめだが確信に満ちた矜持が窺えます。中央線を利用される際には是非一度お立ち寄りください。
かれこれ20年前わたしが大学を卒業し初めて勤めだした中央線沿線の小さな設計事務所は今はもうありません。当時コンピューターで描く図面は増えてはいましたがまだまだトレーシングペーパーに鉛筆で手書きというのが、職人気質が集うアトリエ設計事務所では特別なことでない時代でした。湿気が多い日はコンマミリ単位の紙の収縮を避けるため図面は1日で書き上げるというのが基本、鉛筆の粉や手の脂をこまめに洗い落とし机で食事なんてもってのほか、お昼休憩は皆が打ち合わせテーブルに集いほか弁を食し、夜も料理にかける時間が惜しくおのずと外食が重なる中お世話になった中華料理店、秀永は今も健在でした。
言葉と沈黙の間合いから察するにご夫婦であろうことに違いないお二人によって磨かれた調理機器周りのステンレスに油の汚れは今も感じられません。間口5m奥行き7.5mほどのスペースにあるカウンター席6つ、四人掛け机4つを持つホールに立つ女性も当時と変わらず。
週替わりの5種類の定食メニューがA・B・1・2・3と名付けられるのも、定番の酢豚や油淋鶏や麻婆豆腐の定食も、どれを注文しようかと周りで食べる先客の様子をついつい眺めて思案するのも当時と変わらない。生涯にどれだけの数の食事ができるのだろうか、かけがえのないこの一度。
カウンター下の棚には数冊の漫画雑誌とスポーツ新聞。流れているのは曲名を言い当て得ない有線放送のインストルメンタル。一気呵成に沸き立つ肉野菜の油通し、中華鍋を規則的に打ち鳴らす黒光りするおたま。同じ料理だとしてもただひとりに向けて繰り返される丹念な味見。20年街がその姿を変えていく中変わらないでいることの困難は、自分自身の歩んだ道程と比較するなら判然として。
この味も場所も人も、いつかは移りたどりえなくなる。実際そうして戻らないお店は今までにたくさんあったしそのことは大して珍しいことでない。お気に入りの音楽をオーディオを介して聞くようにはあの味は再現できないかもしれない。鉄鍋に反復する響きがいまだ手繰り寄せえない未来のリズムを先取りして記憶に刻みつける。